
生きている間に、愛を拒絶されて傷ついた経験をしたことがない人って
私は一人もいないと思っています。
それは多くは両親との関係性から始まります。
「ママ、抱っこして」と、子供が甘えるのは、自分の愛を受け取ってもらえると信じているからです。
ですが、「自分で歩きなさい!」と怒られたり、差し伸べた手をひっぱたかれたりすると、
深く傷つき、自分は甘えてはいけない、愛を表現してはいけないと思ってしまうのです。
思春期には、失恋や友達同士の裏切りも経験します。
勇気をだして告白したのに、拒絶されたのはおろか、馬鹿にされたり。
信じていた友人から裏切られたり、多勢からいじめられたなど。
これらの経験は前世から続いていて、傷ついた記憶が魂にしみついている人々もいます。
悲しみ、怒りを感じ、愛を表現する恐れを感じています。
もう、2度と傷つきたくないからです。
自分が愛してやまない人、多くは両親や家族、配偶者、兄弟や子供などですが、
とくに自分がとても愛している人に、愛を表現することを恐れるのではないでしょうか。
自分と近い存在ほど、拒絶されるのを恐れるのは、ある意味当然です。
ですが、ずっとこのまま愛を表現できないでいると、
わかりあえない苦しみを抱えたまま、
ついには自分に愛を表現してくれないと怒りや寂しさを感じるようになります。
愛の表し方って、人それぞれだから、こうやらなくてはいけないというものはなく。
「愛しているよ」と言葉では言えなくても、
プレゼントやお手紙、おはようっていう、日々のちょっとした声掛け、
遠くにいるなら、「最近元気?」とメールを送り、気にかけていることを伝えたり、
私はあなたを愛しているよ、という表現は、あなたがこうしたいと思うことで十分だと思うのです。
もし、あなたが誰かに愛を表現したくなっても、
「やっぱりやめておこう」「向こうも迷惑に感じるかもしれないし」
「私も忙しいし、相手も忙しいよね」
と、なんらかの理由をつけて愛を表現することをためらうとしたら。
自分のなかに、傷ついているインナーチャイルドがいて、
訴えてくれているかもしれません。
「その愛は、表現しても大丈夫だよ」
「その愛は、受け容れてもらっているんだよ」
本当は、たとえ受け容れてもらっていないと感じるとしても。
自分自身が愛を表現できたのだと思うのであれば、恐れを超えた満足感を感じることができます。
自分の中にある愛に気づき、それを表現したい。
私の中に、こんな愛があるのだと気づきたい。
そんな願いがあなたの中にでてきたとき、その願いは本物の願いです。
ハートチャクラに意識を、もっと向けましょう。
嫌なことばかりがおきる世界かもしれなくても、世界はまだまだ愛にあふれています。
その世界は、あなたから始まっていることを、忘れないでください。
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